南禅寺

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三門からの「絶景」と琵琶湖疏水が流れる水路閣

南禅寺(なんぜんじ)とは

前身は、亀山天皇が文永元年(1264)に母・大宮院の御所として造営した離宮禅林寺殿。1292年(正応5年)に伽藍の整備が本格化し、永仁元年(1293)の仏殿(金剛王宝殿)の落成から、最後の法堂完成まで約15年を費やした。

有名な三門

有名な三門

1334年(建武元年)、足利義満が京都五山制度を作った際には五山の第一位におかれ、その後、五山の上とされて歴代朝廷や将軍家の保護を受け隆盛した。

臨済宗南禅寺派の大本山。

方丈

国宝の大方丈は、慶長16年(1611)に京都御所・清涼殿から下賜されたもの。欄間には竹や虎・唐獅子などが彫刻されており、宮廷建築の雅な面影が残されている。障壁画(襖絵)は合計124面あり、狩野元信とその孫の狩野永徳によるもの。

同じく国宝の小方丈は、伏見城の小書院を移築したものとされているが、定かではない。狩野探幽が描いた竹林と虎の障壁画は40枚にも及び、「竹林群虎図」として重要文化財に指定されている。

重要文化財の勅使門は慶長16年(1611)に京都御所に建立された「日御門ひごもん」を寛永18年(1641)に下賜・移建したもの。

方丈庭園

方丈庭園

方丈庭園は小堀遠州こぼりえんしゅう作と伝えられている。巨大な石を横に寝かして配置する手法は、須弥山・蓬莱山などの仏教的世界観などを表現した庭園から脱した構成であり、俗に「虎の子渡し」の庭と呼ばれている。

「絶景かな」

三門(別名・天下竜門)も重要文化財で、寛永5年(1628)に徳川家康の家臣・藤堂高虎とうどうたかとらが大坂夏の陣に倒れた将士の菩提を弔うために寄進して再建した楼門。

京都の街並みを一望できる

京都の街並みを一望できる

この門を有名にしたのは天下の大泥棒・石川五右衛門。歌舞伎の『楼門五三桐』で五右衛門がこの楼上に登り、「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金とは小さなたとえ、この五右衛門の目からは値万両」と見得を切る場面を連想する人も多いが、これは架空の話であり、三門は五右衛門が処刑された後に建てられたものである。

南禅寺三門からの眺め

南禅寺三門からの眺め

楼上には登ることができ、楼上からは京都市街を望むことができる。
 

琵琶湖疏水水路閣

2時間ドラマでもおなじみな場所

2時間ドラマでもおなじみな場所

境内の南側には琵琶湖から京都へ水を運ぶ赤レンガの水路閣がある。田辺朔朗さくろうの設計で明治23年(1890)に完成した。全長93.1メートル、幅4.5メートル、水路直径2.4メートル、高さ13メートルで、日本人のみで施工した。

2基の橋台、13基の橋脚が大小連続のアーチを形成する。毎秒2トンの水が流れている。

概要

【拝観志納金】
方丈庭園:600円
三門:600円
南禅院:400円

【拝観時間】
12/1〜2/28:8時40分〜16時30分
3/1〜11/30:8時40分〜17時00分
(※それぞれ終了時間の20分前で受付終了)

【公式サイト】
http://www.nanzen.net/

アクセス

地下鉄東西線「蹴上駅」より徒歩約10分

市バス「東天王町」または「南禅寺・永観堂道」下車

駐車場:あり(有料)

住所:京都市左京区南禅寺福地町(GoogleマップAppleマップ

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