方広寺– tag –
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左京区
金地院
【「黒衣の宰相」と呼ばれた以心崇伝は徳川家康のブレーン】 金地院(こんちいん)とは 金地院は、南禅寺の塔頭である。応永年間(1394年〜1428年)に4代将軍4代将軍足利義持の帰依を受けて大業徳基()(金地院崇伝とも呼ばれる)が現在地に移して再興し... -
東山区
方広寺
【「国家安康 君臣豊楽」に家康が激怒、豊臣家と運命をともにしたお寺】 方広寺とは 豊国神社の北側に建つ方広寺は、豊臣秀吉が天正14(1586)年に母の菩提寺として創建。 当時は高さ19メートルの木造大仏を安置する巨大な大仏殿(正面82メートル、奥行き5... -
東山区
豊国神社
【太閤秀吉を祀る神社 国宝の唐門は伏見城の遺構】 豊国神社とは 慶長3(1598)年に63歳で死去した豊臣秀吉の遺体は、遺命により東山・阿弥陀ヶ峰に葬られ、翌年には広壮な社殿がその山腹に創建された。 後陽成天皇から正一位の神階と豊国大明神()の神号... -
東山区
耳塚(鼻塚)
耳塚(鼻塚)とは 16世紀末、天下を統一した豊臣秀吉がさらに大陸にも手を伸ばそうとして朝鮮半島に侵略した、いわゆる「文禄・慶長の役(壬辰・丁酉の倭乱)」(1592~1598年)では、朝鮮側へ多大の被害と悲劇をもたらした。 秀吉配下の武将は、 古来一般...
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