豊臣秀吉– tag –
-
東山区
方広寺
【「国家安康 君臣豊楽」に家康が激怒、豊臣家と運命をともにしたお寺】 方広寺とは 豊国神社の北側に建つ方広寺は、豊臣秀吉が天正14(1586)年に母の菩提寺として創建。 当時は高さ19メートルの木造大仏を安置する巨大な大仏殿(正面82メートル、奥行き5... -
東山区
豊国神社
【太閤秀吉を祀る神社 国宝の唐門は伏見城の遺構】 豊国神社とは 慶長3(1598)年に63歳で死去した豊臣秀吉の遺体は、遺命により東山・阿弥陀ヶ峰に葬られ、翌年には広壮な社殿がその山腹に創建された。 後陽成天皇から正一位の神階と豊国大明神()の神号... -
東山区
耳塚(鼻塚)
耳塚(鼻塚)とは 16世紀末、天下を統一した豊臣秀吉がさらに大陸にも手を伸ばそうとして朝鮮半島に侵略した、いわゆる「文禄・慶長の役(壬辰・丁酉の倭乱)」(1592~1598年)では、朝鮮側へ多大の被害と悲劇をもたらした。 秀吉配下の武将は、 古来一般... -
東山区
三十三間堂(蓮華王院)
【柱間33間の本堂に並ぶ 1001体の千手観音像は圧巻】 三十三間堂(蓮華王院)とは 正式名称は「蓮華王院()」と呼ばれている。この数字は、観音菩薩の変化身三十三身にもとづく数を表している。 長寛2年(1164)に後白河上皇の勅願によって平清盛が創建し... -
北区
建勲神社
【建勲神社(たけいさおじんじゃ)とは】 建勲()神社は、織田信長を祭神とする神社で、通称「けんくんじんじゃ」と呼ばれている。 本能寺の変の2年後である天正12年(1584)、豊臣秀吉は信長の菩提寺として船岡山に天正寺()は信長の霊地として大切に保...
1