京都市– category –
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左京区
法然院
【法然院】 法然院(ほうねんいん)とは 浄土宗の開祖・法然上人が弟子の住蓮()和尚が念仏道場として再興した。 山門を入って両側には2つの「白砂壇()」があり、水を表わす砂壇の間を通ることは、心身を清め浄域に入ることを意味している。白砂壇は定... -
東山区
祇園佐川急便
【送る荷物が無くても入れる祇園の佐川急便】 祇園佐川急便とは 「祇園佐川急便」は、祇園町南側を集配エリアとした佐川急便の祇園サービスセンターで、平成22年(2010年)6月に誕生した。店内にはカウンターや保管棚・冷蔵庫があり、通常のサービスセンタ... -
左京区
金地院
【「黒衣の宰相」と呼ばれた以心崇伝は徳川家康のブレーン】 金地院(こんちいん)とは 金地院は、南禅寺の塔頭である。応永年間(1394年〜1428年)に4代将軍4代将軍足利義持の帰依を受けて大業徳基()(金地院崇伝とも呼ばれる)が現在地に移して再興し... -
北区
今宮神社
【無病息災を祈願する「やすらい祭」は京都三大奇祭のひとつ】 今宮神社(いまみやじんじゃ)とは 平安遷都以前より疫神()を祭る社があったと言われ、京都に疫病が流行った正暦5年(994年)に一条天皇がこの社の疫神を神輿に奉じて船岡山に安置して、悪... -
東山区
方広寺
【「国家安康 君臣豊楽」に家康が激怒、豊臣家と運命をともにしたお寺】 方広寺とは 豊国神社の北側に建つ方広寺は、豊臣秀吉が天正14(1586)年に母の菩提寺として創建。 当時は高さ19メートルの木造大仏を安置する巨大な大仏殿(正面82メートル、奥行き5... -
東山区
豊国神社
【太閤秀吉を祀る神社 国宝の唐門は伏見城の遺構】 豊国神社とは 慶長3(1598)年に63歳で死去した豊臣秀吉の遺体は、遺命により東山・阿弥陀ヶ峰に葬られ、翌年には広壮な社殿がその山腹に創建された。 後陽成天皇から正一位の神階と豊国大明神()の神号... -
東山区
耳塚(鼻塚)
耳塚(鼻塚)とは 16世紀末、天下を統一した豊臣秀吉がさらに大陸にも手を伸ばそうとして朝鮮半島に侵略した、いわゆる「文禄・慶長の役(壬辰・丁酉の倭乱)」(1592~1598年)では、朝鮮側へ多大の被害と悲劇をもたらした。 秀吉配下の武将は、 古来一般... -
右京区
龍安寺
世界遺産(古都京都の文化財) 【一度に全ての石を見ることのできない石庭は世界中が注目する“ロック・ガーデン”】 龍安寺(りょうあんじ)とは 細川勝元が妙心寺の義天玄承()開山とした。 応仁の乱によって伽藍の大半を焼失し、勝元の子・細川政元によ... -
東山区
三十三間堂(蓮華王院)
【柱間33間の本堂に並ぶ 1001体の千手観音像は圧巻】 三十三間堂(蓮華王院)とは 正式名称は「蓮華王院()」と呼ばれている。この数字は、観音菩薩の変化身三十三身にもとづく数を表している。 長寛2年(1164)に後白河上皇の勅願によって平清盛が創建し... -
東山区
六波羅蜜寺
【平家一門栄華の跡 空也上人立像や平清盛坐像などを所蔵】 六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)とは 応和3(963)年、醍醐天皇の皇子とされ「市聖()が大般若経六百巻の書写を10年以上かけて成し遂げ、鴨川の東岸に一堂を建ててこれを供養した。 のちに西光寺...